Knock Knock

アナ・デ・アルマスという女優さんがいる。007/No Time to Die でボンドガールやったり、7月にはマリリンモンローを描く映画でマリリンモンローとして主演を張るなど、最近一気にハリウッドのスターダムを駆け上がっている女優さんだと勝手に思っている。

この女優さんがまあ~美人。ほんとうに美人なのだ。なんでも世界の美人ランキング第9位なんだとか。信憑性とかどこ視点なのかとかは知らないが、そう言われてもへえ~まあそうだろうなあと納得できてしまうくらいに。彼女を初めて映画で見たのは2017年のブレードランナ―2049なのだが、主人公の彼女(なおホログラム)というなかなか特殊な役で出演していた。しかし本当に魅力的で、本編を見終わった後には余韻も感想もそこそこにあの美人さんはいったい誰だろう…とすぐに調べたことをよく覚えている。(これだけ書くとなんだかブレードランナ―本編がアレみたいに聞こえるが本編もしっかり面白いのでぜひみてほしい)

とにかく大事なのは、最近注目している(個人的に)女優さんがいて、その彼女がとんでもなく美人ということである。

人生で初めて女優に釣られて映画を見たくらいには。

ということでようやく記事タイトルの映画の話をするが、「ノック・ノック」(邦題)という映画を見た。主演にキアヌ・リーヴス、ヒロイン(ヒロイン…?)にアナ・デ・アルマスとロレンツァ・イッツォという布陣だけ見て視聴を決めた。あらすじもなんにも知らず、せいぜい流し読みである。

”それは破滅の道への第一歩だった”(Amazonあらすじから一部引用)

ほんとだよ。

 

感想としては最悪だった。本当に最悪だった。決してつまらなかったわけではないが本当に最悪だった。監督がイーライ・ロス(胸糞映画界隈では有名な御仁らしい)の時点で察するべきだったらしいが知らなかったんだからどうしようもない。むしろだれか教えてくれ。それ知ってたらさすがに釣られなかった。最後まで見たしつまらない映画ではなかった。これはほんと。しかしもう一度見ようとはいまのところ思わないし、これからも思わない、たぶん。

 

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以下あらすじ引用

”家族思いの献身的な父親・エヴァン(キアヌ・リーブス)は週末に仕事の都合で一人留守番をすることになる。その夜、ドアをノックする音がし、開けるとそこには雨でずぶ濡れになった二人の美女が立っていた。ジェネシスロレンツァ・イッツォ)、ベル(アナ・デ・アルマス)と名乗る二人は道に迷ってしまったため助けを求めていた。彼女たちに暖をとるように招き入れるエヴァンだったが、それは破滅の道への第一歩だったー”

 

もうあらすじ読めばわかると思うがよき父親キアヌが獣と化してしまいそのツケを払わされる映画である。実際あらすじ流し読みしたときにはそのくらいの認識でこの映画を見ようと思った。

問題はそのツケの払わされ方がちょっと尋常じゃないのである。もうサイコホラーじゃあんなの。イーライ・ロス監督の映画ではスプラッタでないぶん見やすい方らしいが、その分精神にくるものだったのではないだろうか。見るのがつらくなって「あとどのくらい見れば終わるんだろう…」とシークバー確認したのは初めてだ。あまりこういう、男女のあれこれが絡むタイプの映画を見ないというのもあるが、率直に言ってきつかった。

しかし最後まで見られたのは、結局のところその尋常でないお仕置きの嵐もキアヌの(キアヌではない)自業自得だから、という点に尽きる。ここからネタバレも交えての感想をぶつくさと綴っていこうと思う。

 

 

 

映画が始まると、円満な家庭でよき父親として過ごす主人公の姿が描かれる。自らは建築家、奥さんは芸術家のクリエイティブ夫婦で、お子さんも2人いる。家も庭付きで大きい。(これはアメリカ基準だとどうなのかは知らないが自分の感想なので)順風満帆である。そんな幸せ家族は父の日はビーチでバカンスを楽しむ予定だったが、主人公に急な仕事が入り、父の日は男ひとりで寂しく過ごす羽目になってしまう。成功した芸術家である妻は忙しく、主人公とはしばらくご無沙汰。バカンスで久々に、といったところだろうがそれもなくなって、せめて出発前に、というところだったがそれも子供たちが起きちゃったので中断。主人公が若干の不満を漏らすシーンがあったが、最終的には納得して子供たちと遊ぶ。

ここまではよくいる”幸せな家庭のよき父親”である。しかしその夜、降りしきる豪雨の中ひとりで寂しく仕事する主人公の家に、美女2人がずぶ濡れでやってくる。目的地にたどり着けず携帯も使えないという彼女らに電話を貸してやり、車を呼んでそれが来るまでは家においてやる…ここまでもまあまだ善人である。

しかし雲行きが怪しくなってくるのはここからで、妙に距離感が近く、開放的な美女2人に次第に主人公もデレデレし始めてしまうのである。もちろん妻帯者であるから、女2人に密着されて座るかたちになったらそこを離れて別の椅子に座るなど、初めはしっかり距離を取ろうとした主人公だったが、次第に昔取った杵柄とばかりにDJを始めたり、おだてられてちょっといいカッコをし始めてしまう。呼んだ車が到着する直前、一夜の秘密だから、とついに迫られた主人公は、それでも拒否して2人を帰らせようとする。乾かした服に着替えさせるべく浴室に2人を押し込んだが、一向に出てこないので様子を伺いに入ったところ、そこでは裸の美女2人が主人公のベルトに手をかけて…。

しっぽり楽しんだ翌朝、起きるとベッドには自分ひとりで、あれは夢だったのか?と思いかける主人公だが、リビングへ向かうと人の家の食材を勝手に使って乱痴騒ぎをする昨夜の女たち。ここで自分の失敗を悟った主人公は2人を追い出そうとするも時すでに遅く、豹変した女たちによりひたすら苛め抜かれる…というのがおおまかな筋書きだ。

 

やらかしたあとには文字通りなにもかも奪われる勢いでいじめ抜かれ、あまりにも大きすぎる形で過ちのツケを払わされる主人公だが、そのシーンが本当にきついのだ。

でも最後まで見てしまったのは、主人公に同情してしまったからだろうか。まずあんな目の覚めるような美女に迫られれば、という男なら誰しも抱き得る同情もあったが、そもそも自分のこの作品の鑑賞動機がアナ・デ・アルマス目当てである。実際序盤の美女たちが主人公を誘うシーンは自分もすっかり鼻の下を伸ばして見ていた。(ここまで悪趣味な映画とは思ってなかったし)まったく主人公をバカにできない。なんだか余計に同情して見ていたし、途中で見るのをやめることもできなかった。

特にキツかったのが芸術家である主人公の妻の作品を引き取るべくやってきた主人公の友人が、女たちによって行われた作品への破壊行為に動揺して喘息の発作を起こしてしまうところ。女たちの悪辣さを知る主人公は作品よりも友人を案じて逃げるように言うが、それでも作品を守るべく戻った友人があまりの非道さに発作を起こし、それを抑えるべく薬を探すが、その薬は女たちの手の中、なんとか取り返そうとする友人を散々弄ぶのである。挙句息も絶え絶えの友人は足がもつれて転んでしまい、セメントでできた作品に頭をぶつけて死んでしまうのであるが、女たちはその上で狂笑をあげる。このシーンが一番きつかった。

自分の過ちがもとで無関係の友人すら失うというのもきつかったし、人の大事なモノを躊躇なく破壊して、その行為が遠因で死んだ人の上で笑い合うサイコ女もきつかったし、それに主人公が拘束されていたとはいえなにもできないのもなかなかきつい。あの大アクションスター、キアヌリーヴスが主人公だったのも余計に拍車をかけていた気がする。他作品でこうした悪を蹴散らす姿を見ているだけに、なすがままに苛め抜かれるキアヌリーヴスというのはなんだか見てて辛かった。

ほかに印象的だったのは、ラストのFacebookのシーンだろうか。生首だけ地上に出る形で生き埋めにされた主人公の目の前には、自らの痴態を撮影した動画が自分のFacebookに投稿された状態のスマホ。当然非難するコメントが大量に来るその投稿を削除すべくなんとか指だけ地面から這い出してスマホをつつくも、押せたのは”いいね”ボタンというシーンだ。なんかもうここは乾いた笑いが出た。悪趣味極まりない。

しかし結局のところ、主人公の受けるひどい仕打ちは元はといえば自分の過ちが原因なのである。よい父親で、家族を愛していたのに、散々に煽られて、先に手をかけたのも相手の方からとはいえ、情欲に身を任せ耽ってしまった。そのことがこの悲惨な末路につながるのである。細かいところではFacebookも「ログアウトしてないから悪用されるのよ」とご丁寧にもサイコ女が教えてくれる。妙に現実感ある忠告を残さないでほしい。おかげで先述の同情の理由もあって、フィクションとしていじめられるキアヌを楽しむとかそんな余裕でてきやしないしひたすらダメージを受け続けることになってしまった。(これは勝手)

見終わったときには女優に釣られてみたことを死ぬほど後悔した映画ではあるが、決して駄作ではなかった。面白かったとか楽しかったとは口が裂けても言えないが、興味深い…ともまた違うしなんといえばいいのだろうか。よく読後感がいいとかいう誉め言葉もあるがそれも最悪であるし、つまんない映画では絶対にないがどうほめればいいのかわからない、そんな映画だった。あとどんな役柄でもアナ・デ・アルマスは確かに美人である。マリリンモンロー楽しみ。

 

最後に余談だが、なんとこの映画の監督であるイーライ・ロスとサイコ女の片割れを演じるロレンツァ・イッツォはご夫婦とのことらしい。大丈夫なのかそれは。奥さんを自分の映画に出演させるのはよくあると思うが、この映画でいいのですか。ヌードあったけど。あともう一つ、この映画、監督脚本はもう何度も名前を出している(あまりに強烈すぎて二度と忘れないと思う)イーライ・ロスであるが、製作総指揮には徹底して苛め抜かれる主人公であるところのキアヌ・リーヴスも名を連ねている。自分が指揮して自分をいじめ倒す映画撮るって、どういう心境なんだろうか…。